大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪家庭裁判所 昭和39年(家イ)2588号 審判 1965年11月10日

本籍 大阪市 住所 大阪市

申立人 山田ヨシエ(仮名)

本籍 韓国京畿道 住所 申立人と同じ

相手方 木川こと李斗先(仮名) 外一名

主文

相手方間に親子関係がないことを確認する。

理由

一、申立人は主文同旨の審判を求め、その理由として、相手方李斗先は木川三郎こと李川保と申立人との間に出生した子供であるにもかかわらず、大韓民国(以下韓国という。)戸籍簿上は李川保と安圭凉間の嫡出子として登載されているから、その真相を明らかにする

ため、韓国戸籍上の母である相手方安圭凉と同国戸籍上子として登載されている相手方李斗先との間に親子関係がないことの確認を求める、と主張した。

二、当裁判所調停委員会の調停において申立人と相手方全員との間に主文同旨の合意が成立し、かつその事実関係についても争いがない。

三、本籍韓国京畿道楊平郡砥堤面砥平里二〇〇番地戸主李昌示および同番地戸主木川三郎の各戸籍謄本、韓国江原道原州市長田英春作成の認定書、助産婦田中セイ作成の証明書、金健山作成の相手方李斗先に対する書翰ならびに申立人山田ヨシエ、相手方李斗先、春木一男こと金鐘明、金健山、山田三夫、山田次男および太田ミチ子に対する各審問の結果を総合すると、

(1)  申立人は昭和一三年夏頃亡木川三郎こと李川保と知り合い、結婚したのであるが、当時申立人は、阪大病院に勤務して日当八〇銭を得ていたとはいうものの育ち盛りの子女三人(先夫の子)を抱え苦しい生活をしていたところ、亡李川保と知り合い、李川保もまた朝鮮に残して来ていた妻子に仕送りをせねばならず苦しんでいることを知り、双方が力を合せて飲食店を経営して行こうということとなり、結婚したこと。

(2)  亡李川保には朝鮮に正妻がいたため、申立人は亡李川保と正式な婚姻はできなかつたが、正妻である相手方安圭凉は日本へは一度も来たことがなかつたから、日本国内においては事実上完全な夫婦として同居して来たこと。

(3)  申立人は亡李川保と上記同居生活をつづけるうち、同人との間に昭和一四年六月二三日相手方李斗先、同一六年二月一三日山田三夫、同一七年一二月一二日山田次男をそれぞれもうけたこと。

(4)  亡李川保は申立人の知らないうちに相手方斗先の出生届をしてしまつたのであるが、その際朝鮮に残していた正妻である相手方安圭凉と川保間の子として届出たため、そのように戸籍記載がなされるに至つたこと。

(5)  相手方斗先の弟二人(三夫、次男)の出生届は申立人がなしたため、申立人の非嫡出子として届出をなし、その結果現在弟二人は日本国籍を有していること。

が認められる。すなわち、相手方安圭凉は相手方李斗先を分娩した事実はなく、李斗先を分娩したのは申立人であることが認められる。

四、さて、まず本件の裁判管轄権について案ずるに、問題となつている親子関係の一方の当事者である子斗先の住所がわが国にあること、および他方の当事者(戸籍上の母)安圭凉が当裁判所で申立人申立の如き裁判をなすことについて合意していること(以上の点は当裁判所の調査の結果明らかである)からみて、わが国の裁判所が本件につき管轄権を有することは明らかである。

五、つぎに、本件の準拠法について考察するに、一般に虚偽の出生届に基づき外国の戸籍に母子として記載されている場合に、その表見上の母子間に親子関係がないことを明らかにするについての準拠法については、わが国の「法例」に直接明言した規定はないが、法例一八条に従い当事者となる親子双方の各本国法によるべきものと解する(本件では母子関係のみが問題となるのであるから法例一七条の適用を考慮する必要はない)。法例一八条はなるほど明文上は「認知」についてのみ規定しているが、それはわが国の民法が婚外親子関係の成立をもつぱら認知のみにかからしめているかのように規定している(母子関係の存否は分娩の事実のみによつて定まると解すべきであるのにわが民法第七七九条は婚外母子関係の存否にも認知を必要とするかのように表現している。)ことに対応するものであつて、その本来の趣旨は婚外親子関係一般(認知によると出生の事実によるとを問わず)の成立の問題に通ずる準則を表現するものと解するのが相当だからである。

そこで、本件において問題となる親子関係の当事者である相手方双方の本国法について考える。朝鮮においては現在朝鮮民主主義共和国政府と大韓民国政府とが存在し、現実には北緯三八度線をほぼ境としてそれぞれの支配領域を有し、その各支配領域においてのみその実効性が担保されている各自の法を有しており、かような状態がある安定性をもつて相当期間継続していることは顕著な事実である。このような場合にその本国法を考えるについては、両者を二つの国とみなし、いずれの領域がその当事者の身分関係とより密接であるかによりその本国法を決すべきところ、相手方安圭凉は大韓民国政府の支配している領域に住所および本籍を有しており、また相手方李斗先も同地域に本籍を有し(斗先の母が安圭凉でなく日本国籍を有する申立人であるとしても斗先の同本籍への入籍が平和条約発効前になされているから、両名の現在の国籍は日本国ではなく韓国である。)ているのみならずその生活の現況からみて韓国と密接な関係があるものと認められるから、いずれも本件に適用されるべき法は韓国法のみということになる。

六、なお、本件親子関係存否確認裁判の手続、方式については、韓国においても、わが国におけると同じく、家庭法院の審判により法律上親子関係の存否の確認を求めることができるものと解されるので、本件が管轄権を有するわが裁判所に申立てられた以上、わが家庭裁判所が家事審判法第二三条の手続によつて処理することができることはいうまでもない。

七、以上の次第で、上記認定の事実によれば、相手方安圭凉と相手方李斗先との間に親子関係が存在しないことを確認する旨の合意は相当と認められるので、家事審判法第二三条に従いその旨の合意に相当する審判をすることとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 西尾太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例